大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)49号 判決 1964年6月04日

上告人

広島県公安委員会

右代表者委員長

白井市郎

右訴訟代理人弁護士

桑原五郎

三宅清

被上告人

馬林和夫

右訴訟代理人弁護士

勝部良吉

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の本訴請求を棄却する。

訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。

理由

上告代理人桑原五郎、同三宅清の上告理由第一点について。

自動車運転手の交通取締法規違反の行為が、道路交通取締法九条五項、同法施行令五九条、昭和二八年総理府令七五号八条一項所定の運転免許取消事由に該当するかどうかの判断は、公安委員会の純然たる自由裁量に委かされたものではなく、右規定の趣旨にそう一定の客観的標準に照らして決せらるべきいわゆる法規裁量に属するものというべきであるが、元来運転免許取消等の処分は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることを目的とする行政行為であるから、これを行うについては、公安委員会は何が右規定の趣旨とするところに適合するかを各事案ごとにその具体的事実関係に照らして判断することを要し、この限度において公安委員会には裁量権が認められているものと解するのが相当である。

いま、原判決(その引用する第一審判決)の確定した事実によれば、被上告人は、タクシーの運転手であるが、昭和三四年六月二七日転回禁止区域において、しかも同所で交通指導にあたつていた巡査の注意を無視して転回し、免許証の提示にもたやすく応じなかつた。ところで、右の違反行為は、被上告人がさきに受けた運転免許停止処分の期間満了の日から起算して一年以内になされたものであり、しかもその停止処分は駐車禁止区域内にタクシーを駐車し、それをとがめて運転免許証の提示を要求した巡査を車外にぶらさげたまま約一〇〇米逃走した事実に基づくものであり、また被上告人は、昭和三〇年七月以降交通取締法規違反のかどで二〇回にわたり刑事処分を受け、速度違反等で前記停止処分をも含めて九回運転免許停止処分を受けたものである、というのである。しからば、かかる事実関係の下において、上告人委員会が前記各法条に基づき、前叙のごとき種々の事情を勘案したうえ、被上告人の本件転回禁止違反行為が前記総理府令八条一項所定の運転免許取消事由に該当すると判断したことは、前記裁量権の正当な行使の範囲にとどまるものであり、未だ右裁量権の範囲を逸脱した違法があると断ずることはできない。この場合、仮りに、当時、タクシーの運転手として被上告人程度の違反歴を有する者が稀ではなかつたとしても、原判決(その引用する第一審判決)のごとく該事情をもつて右の判断を左右する資料となすことは、許されないといわなければならない。

されば、本件運転免許取消処分を「比例原則」に違反し、著しく公正を欠く裁量を行つた瑕疵ある行政処分として取り消した第一審判決および同判決を正当として是認した原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背あるものというべく、論旨は理由がある。よつて、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決を破棄し、第一審判決も取り消し、また、前記確定事実に基づけば被上告人の本訴請求の理由がないことは前叙の説示によつて明らかであるから、右請求を棄却することとし、民訴四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官長部謹吾 裁判官入江俊郎 斎藤朔郎 松田二郎)

上告代理人桑原五郎、同三宅清の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすことの明な法令の違背があり当然破棄せられるべきものである。

即ち原判決は本件の運転免許取消処分は行政庁として著しく公正を欠く裁量を行つたものであり結局「かし」ある行政処分として取消を免れないと判示しておるがその理由とするところは原判決理由において援用する第一審判決の理由と同一であるから先づ此点を検討する。

第一審判決の理由は上告人が主張する各事実のうち被上告人が宮田巡査を車体外にぶら下げて疾走したと云う点を除きその他の事実はすべてこれを認めておる。即ち

(1) 昭和三十四年六月二十七日午後九時四分頃広島市内広島市民球場におけるナイター終了後の同球場附近の混雑を整理するため広島西警察署巡査宮田忠において同市猿楽町三共株式会社広島出張所前の電車通りで交通指導にあたつていたところ、被上告人がその勤務先である広島タクシー株式会社の小型乗用四輪自動車(いわゆるルノー)を運転して同市内紙屋町交叉点から相生橋の方向に西進し右三共株式会社出張所前附近で客を拾うため右廻りに転回しようとして道路中央部まで進出したこと。

(2) しかるところ右地点は上告人委員会の告示により終日諸車の転回禁止区域として指定されている同市山口町交叉点から相生橋東詰にいたる道路の一部であつたから宮田巡査は被上告人の右行為を現認してただちにその場にいたり、此処は転回禁示区域になつているから転回してはならない旨注意し被上告人の転回を差し止めたこと、すると被上告人は一たんは同巡査の指示に従いその場から四、五メートル後退したが其処から又もや転回を開始し今度は転回を完了したこと。

(3) 被上告人は転回完了後宮田巡査から先の指示を無視したことを叱責され免許証の提示を求められるやこれに従わず発車したこと、そのため同巡査において車体左側ドアーに手を掛けたまゝ車体にそい走りながら被上告人を制止したので被上告人は右第一産業株式会社前において停車のうえ免許証を提出するのやむなきにいたつたが同巡査を車体外にぶら下げて疾走する等同人に危険を及ぼすような行為まではしていないこと。(此点は上告人の主張と相反するがこれについては後に詳述することとしこゝでは第一審判決の認定通りとして論をすゝめることとする)

(4) 被上告人は昭和三三年一一月二一日午前一一時頃広島市紙屋町交叉点から五メートル以内の駐車禁示区域にタクシーを駐車させていたため広島西警察署川崎巡査から免許証の提出を求められたがこれに従わず逃走しようとしたので同巡査がこれを制止しようとして車体に手をかけた際急に発車して同巡査を窓にぶらさげたまゝ北方に約一〇〇メートル逃走したことがあり駐車違反の理由で同年一二月二〇日上告人委員会から一五日間の運転免許停止処分を受け右処分の期間が同三四年二月一九日満了したこと、被上告人は昭和三〇年七月以降交通法令違反で二〇回刑事処分を受け又同三二年七月以降駐車違反、禁止区域通行違反、速度違反等で九回にわたり運転免許停止処分を受けていること。

を認定している。

しかも原判決は以上の事実を以つてするも被上告人の自動車運転資格を剥奪する本件取消処分は行政庁として著しく公正を欠く裁量であると云うのであるが以上の事実から見て本件取消処分がすくなくとも違法でないことは明かである。(第一審判決理由四(一)(二)参照)

元来司法権の任務は法の適用の保障にあるのであるからその審理裁判の範囲は法律問題即ち行政行為が適法であるかどうかの問題に限られ法の認める範囲内での行政庁の裁量権の行使の当否の統制には原則として及び得ないものと言わなければならぬ、このような司法権の限界は裁判作用に当然に随伴する論理必然的な制限ではないのであるけれども憲法が権力の分立を定め行政と司法との分立を認めている以上行政権の合目的な活動についてはそれが法によつて許容されている範囲内に止まる限り司法権はその当否を審判し得ないものと言わねばならぬ。(雄川一郎行政争訟法法律学全集九巻一二三頁)

以上の理由により原判決は法の許容した裁量権の範囲内でなした上告人委員会の行政行為につきその当否を審判したものであつて明かに違法と言わねばならぬ。

仮に裁量権の行使は無制限に許されるべきものではなく裁量権の範囲を逸脱した場合又は裁量権を濫用した場合には裁判所はこれを審査する権限を有するものとするも本件においては次に述べるように裁量の踰越又は濫用は存しないのであるから此点においても原判決は違法たるを免れない。

此点につき原判決は本件は行政庁として著しく公正を欠く裁量を行つたものであり結局「かし」ある行政処分として取消を免れないと判示しているが「著しく公正を欠くかどうか」の判断については裁判所としてはあらゆる事情を考察し極めて慎重にこれをなすべきものであり単なる主観により事を断ずるがごときは裁量権が行政庁にゆだねられておる立前から考えて到底許さるべきものではない。

今これを本件について見るに上告人委員会が被上告人に対し運転免許取消の処分をなしたのは

(1) 本件転回違反が前年の駐車違反による免許停止処分の期間満了から一年以内に更に免許停止処分をうけることになる場合であること。

(2) 宮田巡査を車体外にぶらさげて疾走したこと。

(3) 従前多数回にわたり交通法令に違反し司法処分、行政処分をうけていること。

(4) 本件転回違反の際雑踏中にもかかわらず取締警察官に対し反抗的態度に出、再三その命に従わなかつたこと。

の四点であるが右の内(2)の点は第一審判決の認めないところであるから暫くこれを論外とするも右(1)(3)(4)の事実だけから見ても本件運転免許の取消処分を行うことの十二分の理由があるものと云わねばならない、特に(1)の場合は被上告人は取締警官より駐車違反の警告を受けて免許証の提出を求められるや右取締警官を車体外にぶらさげたまゝ百米あまり疾走して逃走をはからんとしたものであり今回も又前記(4)の如くナイター終了後の雑踏中にも拘らず一度ならず二度までも取締警察官の指示警告を無視して反抗的態度に出、あまつさえ宮田巡査より免許証の提出を求められるやこれに従わず発車しそのため同巡査において車体左側ドアーに手をかけたまま車体について走りつゞけざるを得なかつたものであるから右(1)(3)(4)の事実をあわせて考えると被上告人は取締法規をじゆうりんし又その取締にあたる警察官の存在を無視せんとするが如き思想、行動の持主であることがよくわかるのである、近時自動車数の増加と悪質な運転者の横行により自動車事故は日を追つて激増しその取締はまことに容易ならぬものがあるのであるが自動車事故は大衆の生命身体に直接の被害を与えるものであるから悪質の違反者に対しては免許の停止だけでは充分でなく取消の処分まで考慮するのでなければ到底その実を挙げることは出来ない、以上の観点において上告人委員会は特に慎重な態度を以てのぞみ公開の聴問会を開いた上道路交通取締法同法施行令総理府令等に基き本件運転免許の取消を行つたものであり以上の事実から見れば仮に原判決のように被上告人が宮田巡査を車体外にぶらさげて疾走したことはこれを認められないにしてもすくなくとも取締警察官に対し反抗し逃走をはからんとしたものであることは明かであるから本件運転免許の取消について法令の根拠と、又その理由とを存するものであり著しく公正を欠く裁量を行つたものではない。

第二点 原判決は採証の法則に違反して事実を認定した違法がある。

原判決は第一審判決と同様被上告人が宮田巡査を車体外にぶらさげて疾走した事実についてはこれを否定しその証拠として第一審判決の挙示する証人渡島常也同山下正好、同平山毅の各証言の外、原審における証人山下正好、被上告人(被控訴人)本人の尋問並に検証の結果を援用している。

しかし渡島常也、山下正好、平山毅等は何れも被上告人の一味であり且つ交通取締法規違反の常習者である、しかも彼等は駐車違反等で取締警察官より免許証の提出を求められるやこれを免れるためその警察官を車体外にぶらさげたまゝ逃走をはかる連中である(第一審並に原審証人宮田忠、同川崎和彦調書参照)殊に被上告人自身は本件の外広島市紙屋町附近の駐車違反の際川崎巡査より運転免許証の提出を求められるや同巡査を車体外にぶらさげたまゝ逃走をはかる為自動車を疾走させ停車するや相当多数の運転手がおそいかかつて同巡査に暴行を加えんとしてようやく応援警察官が現場に急行して事なきを得たような前歴の持主であつて被上告人並に証人渡島、山下、平山等の証言は簡単に信用出来る筋合のものではなく、又渡島、山下、平山等は取締警察官に対する平素の反抗心を一方本件の免許取消により今後彼等が同一運命をたどるであろうことを虞れて殊更に事実をまげて証言したものであることは想像に難くないところである、反対に川崎、宮田等は事実をまげてまで被上告人の運転免許を取上げなければならぬえんこんも又その他の理由も事情もないのであつて彼等の証言こそ真実を語るものと云わねばならぬ、要するに原判決は相対立する二人の取締警察官の証言と被上告人等を含めた四人の自動車運転手の証言とを比較検討するに際し採証法則上当然要求せられる条理を無視し何等首肯し得べき理由を示さずして宮田、川崎両証人の証言を排斥した違法があり到底破棄を免れないものと思料する。

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